2006年4月5日
漬物樽(つけものたる)と味噌樽(みそたる)四斗の杉樽をつくる
たくさん杉樽の注文を頂いたので、伐りたての真っ青な真竹を結って、一番大きな四斗の杉樽を作りました。
杉樽の出来上がりがいいと、売るのが惜しくなります。
漬物樽ですから、杉材の色は黒いのですが、飾って置きたくなります。
杉樽職人は、それ位じゃないといけないんでしょうね。
そんなことでは、商売になりません…
右隣は二年経った、一斗の杉樽。
タガの色は、あっという間に褪せて行くのです。
一度使った、杉樽を「一空樽(いちあきだる)」と呼びます。
二級の造り酒屋が使います。関東には、そういう古樽業者があります。
杉樽の消費は、昔から殆どが東京だからです。関西にはありません。
「樽拾い」という正月後の季語がある位です。
江戸時代、酒屋で働く丁稚の小遣い稼ぎでした。
当時のリサイクルです。
雪の日や、あれも人の子樽拾い 冠里
2006年4月4日
樽屋の雛祭り
樽屋も、雛祭りをします。
これは享保雛という江戸後期文化爛熟期の「おひなさま」です。
雛道具はみんな小さくて、かわいいので、マニアの間でも人気なのです。
生活用具が殆どあるわけですから、杉樽、漬物樽、味噌樽、盥、手桶・・・・・・
明治頃までの道具類は、なんでもあります。
樽太鼓は、ありません。
2006年4月3日
樽屋 谷崎潤一郎旧宅「お伽噺の家」に行く
大谷崎は関東大震災から逃れ、京都を経て、大正十三年春、神戸に初めて総面積300坪のT氏の家を借りました。
当時は西側にあった二階建てのクリスマスケーキのような母屋の洋館から神戸港が一望出来たことでしょう。その母屋は既に人手に渡り、書斎として使われていた、この小さな別棟だけが阪神大震災にも耐え、数少ない神戸に残る大谷崎の旧居でした。
平成十一年に借家人K氏が出てから空き家になり、残念ながら、この度所有者の意向で解体が決定した為、支援団体が借り受け、四月一日と二日の二日間、内部を一般公開したのです。
樽屋も梅見がてらに家族で見学に行ってきました。
住みやすいようにK氏が改装したので、元の面影は全くありません。
平凡な安普請の平屋です。
でも前庭(実際は空地)だけは、たっぷりあります。井戸もありました。
大谷崎もこの井戸で釣瓶桶を使って水を汲んでいたのでしょうか。
見なかったら後悔するけれど、見たらがっかりするといった「物件」です。
何度もこの前を通ったことはありましたが、奥まっている上に五段の階段の上に建つ凡庸な家なので、『北畑戸政の家』として存在は知ってはいても今まで見つける事が出来ませんでした。
『痴人の愛』は、舞台となった、この「お伽噺の家」と奈良ホテルで執筆されたのです。
解体は七月の予定ですから、外部は未だしばらく見ることが出来ます。
神戸市東灘区本山北町3-9-11 本山第一小学校東隣
谷崎年譜で、北畑戸政249の1と表記されている建物です。
当時のままかどうか分かりませんが「赤い屋根」です。それもスレートの。
「マッチの箱のやうに白い壁で包んだ外側」
「ところヾに切ってある長方形のガラス窓」
「正面のポーチの前に、庭といふよりは寧ろちょっとした空地がある」
大正14年7月 改造社刊
酒樽屋、他人の誕生日を祝う。HAPPY BIRTHDAY! !
ロン・ウッド 6月1日で59歳 Happy Birthday Ronnie!
チャーリー・ワッツ 6月2日で65歳 Happy Birthday Charlie!
本来なら、スペインで誕生日をむかえる筈が、おちゃめな怪我人が出たので予定は大幅に変更。
ツアーは、その不死身のメンバーが復活したので、7月11日のミラノから再出発。
あと21公演だ。
2006年4月2日
樽屋のおやかたの誕生日
今日はエイプリルフールですが、嘘ではありません。本当にXX回目の誕生日なのです。
「アラン・カスケヴィッチ」の樽斗ミックスでお祝いしました。
パッションフルーツ、オレンジ、胡桃、ココナッツ、杏子、カシューナッツ、レーズン、グランベリー、ピスタチオ・・・・などのドライフルーツがたっぷり。
閉店後のお店を開けてもらい、あれこれ選んでいると、
奥から出てきたカスケヴィッチさんからもお祝いの言葉あり。
"Bon Anniversaire!!!"
2006年3月31日
樽太鼓(たいこだる)と太鼓樽(たるだいこ)
「樽太鼓」は楽器や椅子などに使われますが、樽屋では「太鼓樽」といえば、竹のタガを入れる前のこの状態を、「太鼓」または「太鼓樽」と呼び慣わします。
(革を張った楽器の太鼓を一般に「樽太鼓」と言うこともあります)
樽屋では、暇な時期に「太鼓樽」を沢山作り置きします。
「たるや竹十」では「太鼓樽」の他に「樽太鼓」も作って置かねばなりません。
樽太鼓に使う竹は冬に切った物でないと強度の点でダメなのです。
ここまでが腕の見せ所。
殆ど完成に近いのですが、このあと、竹を巻き、タガを締めていくという力仕事が待っていて、真冬でも汗びっしょりになります。
本日、樽太鼓(たるたいこ)が沢山、出荷されました。
三月と四月は樽太鼓を音楽の授業に取り入れられている学校から、樽太鼓の注文がよく来ます。
樽太鼓が学校に届くと、子供たちは大喜び。やっぱり新しい樽太鼓は音が良いのです。
2006年3月27日
樽屋 突然の桜の開花に驚く
東京は、二日前の寒雨とうって変わり、桜満開!
丁度日曜日ですから、都庁前の新宿公園では早々とブルーシートで席取りの準備をする人たちがゾロゾロ。
杉樽を持って行ってくれるかな?
このブルーシートというもの、桜にとって甚だ迷惑な存在なのです。
2006年3月26日
樽屋 かわほり堂に行く
東京神田猿楽町にある、謎の古書店「かわほり堂」に行って来ました。
初めての人は探しにくい所にあります。そして、たいそう入りにくく、その上、土曜日だけしか開いていません。開店から数年なのに、見事に江戸漢詩の和本と花柳文学の書物が充実していました。
入り口の蝙蝠の絵は金子國義さんによるものです。
親方は鏡花本を二冊、樽屋の女房はピカソ挿画の「変身譚」を購うことになりました。
2006年3月24日
樽屋 A BIGGER BANG TOURに行く
樽太鼓ではなく、チャーリー・ワッツがグレッチの太鼓とシンバルを叩くのを聴きに行きました。
癌、交通事故と一年に四回の入院というハンディなんて、微塵も感じさせないグルーヴのデカい塊!
たるや竹十は以前、宇崎竜童さんの太鼓バンド竜童組、そして泉谷しげる氏率いるユニット「LOOSER」の太鼓番、村上ポンタ秀一氏に、それぞれ四斗の樽太鼓を送った事があるのですが、残念ながら、本番では使われませんでした。
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2006年3月23日
漬物好きの樽屋の親方は京漬物がお気に入り
「高倉屋」さんの漬物です。
京、錦市場に店があります。
高倉屋さんの店頭には「たるや竹十」の漬物樽が並んでいる筈です。
ほかの漬物屋さんは皆さん、漬物樽の上にビニールを敷いて商品を並べておられますが、見栄えが悪いだけではなく、呼吸している杉樽の効力が発揮できません。
高倉屋さんだけは直接並べられています。
漬物たちと樽は喜んでいることでしょう。
2006年3月22日
花見前の樽屋は大忙し
この時期、樽屋の竹十は四斗樽や、二斗樽をたくさん作って各地に発送します。
三月も半ばを過ぎると、各蔵元は花見に持って行く酒樽の準備にかかるのです。
一般のお客さんも注文に来られて、今の樽屋は年末に次ぐ繁忙期です。
昔は、桜見といえば酒樽を持参することが風習でした。
今ではドイツ人の真似をしてビールを呑む人が増えましたが、
日本人にとって桜といえばやっぱり清酒なのです。
樽屋 春を食す (其の二)
先日、神戸市長田区の丸五市場で「イカナゴくぎ煮コンテスト」が開催され、同区在住の某夫人の作品が最優秀賞に選ばれたそうです。
��0年間守り続けた姑秘伝の味がグランプリに輝き、商品化されました。
地元の珍味販売業者が、その伝来のレシピにもとづき、100キロ限定で販売される予定。
この時期、同種の催しが、神戸各地で開かれますけれど、商品化は珍しい事です。
写真↓は樽屋のおやかたが酒粕と交換して入手した貴重な品。
くぎ煮発祥の地、垂水区在住、佐方夫人の傑作
高嶋夫人作(樽屋日誌3月16日参照)と甲乙付け難し
これは、錆びた本当の鉄釘。
子供の頃、ひもを付けた磁石で路に落ちている古釘を集めて屑鉄屋に持って行き、お小遣いにしたものです。
2006年3月20日
樽屋のお向かいコンサートの夕べ
菜の花の咲く頃、樽屋の向かいの資料館でコンサートが催されます。
レクイエムロードチャリティコンサートという名で毎年催されてきました。
今日も日没を待って、阪神大震災の際、「たるや竹十」の地元、神戸市灘区で亡くなった934人と同じ数の行灯に火が入れられました。
なだ区の花は、なの花なのです。
奥に見えているのが「たるや竹十」です。
地元の子供たちが作った行灯を灯すのも、この菜の花から採集した菜種油です。
コンサートも半ばを過ぎ、裸足の蔵人たちによる「酒造り唄」が披露されました。
「秋洗い唄」という桶や樽を洗う際に唄ったもので、勿論、アカペラです。
会場近くを流れる都賀川沿いにも、この行灯が海まで並びました。
2006年3月18日
樽屋は桶の輪替もする
ひと昔前までは、どの町にも自転車に割り竹を積んだ「輪替屋」という職人が市中をまわって、各家庭の毀れた「盥(たらい)」を修理したり、「寿司半切(ちらし寿司を作る際は必需品)」や「風呂桶」などの傷んだ竹や銅線の輪を替えたりしていました。
プラスチック製品の登場と中国産の安価な製品の到来で職人が減り、今では全国でも「輪替屋」は皆無でしょう。
近所に桶屋さんが残っている町は幸運です。
本来、樽屋がする仕事ではないのですが、
そんな訳で「たるや竹十」は、数年前から桶の修理も手がけるようになりました。
竹を細く割って薄く削ぐ作業が至難の業なのです。
竹のタガに替えるだけで、ぐっと雰囲気が出てきました。
出来上がった桶と、右は最初に入っていてた銅もどきの「たが」
最近は、殆ど銅線をねじる職人はいなくなり、
既製品の、ねじられた物を溶接したりしているので修理は不可能です。
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