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2014年6月19日

昭和三年の酒だると一升瓶

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昭和3年、江戸明治の古くさい物を駆逐しつつ、
欧米のモダンな文化を積極的に導入しようと模索していた、
たいそう楽しくて不思議な時期であります。

雑誌『化學知識』四月特輯「人造品發展號」より

理研酒試作工場の風景であります。当時最新の設備の筈ですが、
��今、注目されている「理研」の前身かも)

容器は四斗甲付樽と陶器栓付き一升瓶。
まだまだ酒だるが主流だった時期です。
人造バター、人造香料、人造宝石などなど、今では当たり前の品々が特輯されております。
写真は現代、普通に流通している「人造清酒」製造の実験現場。
米を使わずに清酒を作る事を真剣に研究しております。
このあたりから清酒の中身がおかしくなり始めたのでしょう。

それらはともかく、見事な出来の酒だるです。




2012年2月7日

酒米を洗う

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いよいよ、酒米を洗う訳です。
米のための容器は残念ながら木製桶ではありません。

洗った米は、次の段階で蒸すのですが、そこで必要になる物が、
「飯布」と呼ばれる特殊な布です。
一枚が畳と同じ一畳あります。多分、麻で出来ている筈です。
他の蔵で不要になった「飯布」を差し入れに行ったのですが、
もっと欲しい布は麹を作る時に使う「麹布」だそうです。
こちらの方がもっと目が細かいのですが、両者を比べないと違いが判りません。
どちらも最近は化学製品になってしまい、しなやかさに欠けている上、
化学繊維の方が黴が発生し易いのだそうです。

因みに、これらは世間で流通している柿渋で染めた酒袋とは全く用途が違います。
酒袋の素材は麻ではなく、木綿です。



2012年2月5日

最高の酒米、山田錦登場

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清酒には不可欠な酒米、「山田錦」が入荷。
と言っても酒樽屋に届けられたのではなくて、
酒樽屋が出入りしている酒造会社の蔵に届けられた物です。
これを使って「大吟醸」を少量つくるそうです。

ちなみに、予定価格は一升瓶一本1万5千円。
ワインに換算しても一本6000円。決して大衆向きではありませんが、
価格相応の味わいを持つ清酒が出来る筈で、決して「超」が付く高級品ではないのです。
昔は、一本お裾分けが通例だったのですが、今は割引販売もないでしょうね。
誰かヴァレンタインディに贈り物に選んでくれればいいのですけれど。




2010年8月14日

酒樽(たる)と水(みず)の関係

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清酒の成分に於いて水の占める割合は約八割にも達します。
作り酒屋は水を売って儲けているなどと陰口をたたかれた時期もありました。
確かに酒造りにおいて水は極めて重要な位置を占めております。
更に仕込水、割水などの原料用水だけでなく、洗米、浸漬、洗瓶などなど、
様々な用途に仕込水の約20~30倍もの水が使われています。
すなわち上質の水を大量に確保する必要がある訳です。
酒造原料に適した水とは、濁りや汚れがなく、美味しく、かつ量が豊潤なことは常識内の事項ですが、
酒に色をつけ、味を悪くしてしまう鉄分など、酒造りに於いての有害成分を含まないことが重要な条件となります。


灘、伏見、新潟、広島、山形、秋田など、銘醸地と呼ばれる地域には必ず良い水が豊富に湧いています。
「灘の生一本」として灘五郷の酒が今も全国で好まれているのも、六甲山系を水源とする豊富な良水に恵まれただけでなく、鉄分が非常に少ない酒造りに最適 な水、『宮水』の発見はまことに貴重な要因です。

写真は神戸のにしむら珈琲が店で使う為に「宮水」を運んでいるところ。
酒樽型のタンクに水を入れます。

2008年7月12日

和樽を使って梅干しを作る

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六月末から七月にかけては梅実の季節です。
梅は中国原産のバラ科の植物。漢方薬として或は果実として渡来したと言われています。
梅雨時に葉と葉の間に隠れるようにして実を結びます。


梅干しと言うと硝子の瓶等を使って作るものだと思われがちですが、実は和樽を使うのです。

吉野地方で、使用済みの和樽を使って梅干しを作るという催しがあります。
梅干しは紀州が本場ですし、吉野杉の和樽を使うという事は本来の使い方です。

先ず「塩漬け」をします。
梅干しの塩分は二割とか三割とか地方によって変わりますが、
最近は減塩ということで、一割強が主流です。
塩は天然の良質の物を使いましょう。
どちらにしても一年は寝かさないと塩なれして美味しくなりません。

最初に梅の総重量を量っておかねばなりません。
それから梅をよく洗い水気を切って、容器の中で塩の四分の一を均一にまぶします。
和樽の底に塩をふり、その塩揉みした梅をいれて、更に塩を入れます。
これを繰り返しながら全ての塩揉み梅を和樽に入れて表面を水平に整えて、押し蓋をのせ、
梅の倍の重量の漬物石を置きます。

二三日して水が上がって来たら、石を半分の重量の物に替えます。
最初から塩の重量と同じ重さの石を二つ用意しておくと便利かも知れません。

次に「土用干し」を三日ほど続けます。
殺菌するには、この時期の強い天日が最適なのです。

この後、赤紫蘇の葉で作った「赤梅酢」と一緒に和樽に漬け、上蓋をして保存する訳です。

保存食として、江戸時代から急速に普及しました。
各地で100年以上前の梅干しが蔵の奥から発見されており、味も極上だそうです。
��00年前の物も見つかったと聞きます。
かめ入りもあったそうですが,ほとんどが杉製の和樽入りでした。
梅干し自体も殺菌作用がありますが、杉の持つ殺菌作用も関係していると思われます。
更に木製和樽の持つ強度が数百年の歳月に耐えて来たのでしょう。

木製の和樽を使わないようにというレシピを記した本を時々見ますが大きな勘違いです。
プラスチックは冬夏の温度、湿度の変化の繰り返しによって割れる例が多く寿命が短く、第一に酸によってプラスチックが梅干しの中へ徐々に溶解してきます。
硝子や陶器は台風や地震などの災害によって割れてしまえば中身が台無しになります。

扱いは面倒ですが木製の和樽が食品には最適なのです。












2008年7月9日

醤油作りにも和樽を使う

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漬物樽を使って味噌を作る方は多いのですが、最近は漬物樽で醤油を作る方も増えて来ました。

昔は醤油も木樽で運んでおりました。
全国で最も出荷量の多い千葉県の野田では秋田杉の樽、兵庫県の龍野でも何故か秋田杉。
和歌山と小豆島だけが吉野杉の樽を使っておりました。

たるや竹十では左側の「マルキン醤油」に樽を納めておりました。