2014年7月11日

酒樽屋 京都店からの御知らせ

DSC_5467.jpg

今月の京都店営業日です。
��月11日(金曜日)と翌7月12日(土曜日)
午後1時から夕方6時までオープンします。
今月は特別に「樽酒」と「おつまみ」を用意してお待ち致します。
大型台風が来ておりますが、当日は晴れますように。

大小の漬物樽を展示即売します。

2014年7月2日

一般の方が初めて酒だるを作る

DSC_5565.jpg

全く樽(たる)を触った事もない女性から自分で樽(たる)を作ってみたいという依頼。
現在、「たるや竹十」では京都店準備のためもあり、見学もお断りしている状態なので、
何度も御断りしたのですが、紹介者の立場もあって無理を承知で引き受けざるを得ず、
本日、遠方より来訪。
早く帰る必要があって所要時間は約3時間!!!一斗の植木樽を一丁作ることに。
先日から紹介している側拵え(銑掛けと正直押し)に半分くらいの時間を要す。
「側立て」という一番技術を要する箇所は私が一度組み立ててから分解、
再度組立てるという方法を取るけれど、ここで時間オーヴァー。
残りの作業は「見学」という事で職人と私とで一気に仕上げる。
タガを一本巻いてみるが、やはりそう簡単にはいかず、手を貸すはめに。
ただ、自分の作業の後片付けはどんな仕事でも基本でしょう。
なにしろ、他の人に物を教える事は自分でする十倍以上のエネルギーが必要。

今回の経験を元に蔵開き等での「樽つくり実演」では次回から刃物を多用。
竹もあらかじめ巻いておくよりその場で調整しながらダイナミックに巻く事を提案しよう。





2014年7月1日

酒だる作りを解説する

DSC_4403.jpg

この新年の催しです。樽が忙しくてUPしそこねていた事項を遅ればせながら、
紹介してまいります。
灘五郷,菊正宗酒造主催の「蔵開き」の中で「酒だる作り」がありました。
実演したのは同社の若い職人で、私はマイクを持って樽(たる)の解説をさせて頂きました。
そんな訳で開演前の画像しかありません。
昨年に続いて二回目なのですが、やはり慣れない事をすると緊張します。

かつて酒は全て「樽酒」であった事、すなわち「瓶詰め樽酒」は江戸時代の味だという事、
材料は奈良県吉野郡川上村から筏と船で運んだ事、竹はかつて京から今は有馬方面の物を使う事、
底と蓋(フタ)は竹釘で継ぎ接着剤を使わない事、樽になった時の七本の竹𥶡(タガ)の名称などなど。
来年は刃物の付いた道具も多用して、あらかじめ竹を巻かず、
もう少し詳しく興味を持ってもらえるような説明をしたいと考えております。





2014年6月30日

酒だる屋のお八つ その參拾玖

DSC_5499.jpg

水無月(みなづき)であります。
京都では6月30日に「水無月」をいただきます。

一年の丁度折り返し点にあたるこの日に、前半年の罪や穢れを祓い、
後半年の無病息災を祈願する神事「夏越祓(なごしのはらえ)」が行われます。
この「夏越祓」に用いられるのが、水無月の和菓子の代表ともいうべき「水無月」です。
「水無月」は白の外郎生地に小豆をのせた三角形の和菓子ですが、
それぞれに意味があります。「水無月」の上部にある小豆は悪魔払いの意味、
三角の形は暑気を払う氷を表しているといわれています。
旧暦六月一日は「氷の節句」または「氷の朔日」といわれ、
室町時代には幕府や宮中で年中行事とされていました。
この日になると、御所では「氷室(ひむろ)」の氷を取り寄せ、
氷を口にして暑気を払いました。
そのような贅沢が許されない庶民は代わりに和菓子「水無月」を食した訳です。

因みに梅雨の時期に「水無月」はおかしいと思われるでしょうが、
「無」は単に「な」を意味する漢字で、水の月を表しています。















「氷室」とは冬の氷を夏まで保存しておく所のことで、
地下など涼しい場所を利用して作られた、昔の冷蔵庫です。
京都では北山に「氷室」という名の場所が今でもあり、その跡が残っています。
かつて、この北山の氷室から宮中に氷が献上されたと『延喜式』に記され、
宮中では氷室の氷の解け具合により、その年の豊凶を占いました。



2014年6月28日

酒だるに於ける「節」

DSC_5365.jpg

吉野杉も生きた「木」ですから、節(ふし)が稀にですが出て来ます。
節にも生き節と死に節があり、前者の場合は酒が洩れる事はありませんが、
後者はコウヤマキで埋木を施し、節を無くしてしまいます。
但し、底や蓋(ふた)の端に誤って節の部分を持って来てしまったら、ちょっと修復が困難です。


2014年6月27日

佃煮屋さんの店舗改装に樽太鼓(たいこ)を

DSC_4387.jpg

店舗の雰囲気作りのために樽太鼓(たるたいこ)を使う例が多くあります。
これは某佃煮屋さんが創業当時の感じを出したいという要望で
樽太鼓をたくさん並べることになった時の納入風景。

味噌ラーメン屋さんの前に味噌たるを沢山並べたり、
醤油ラーメン屋さんの前に醤油たるの代用として樽太鼓を何個も並べたり、
なぜか「ラーメン屋さん」のディスプレーに使われる事が最近多いですね。


2014年6月26日

酒だる屋のホームページがリニューアル



taruya.jpg


��0年以上もお世話になった「たるや竹十」のHPが一新されました。
少し見易くなったかと思います。

前のHPは、パソコンが得意なR嬢と連日頭を悩ませ手探りで作ったものでした。
R嬢も我々も本業を終えてから作業となり、深夜の打ち合わせなどをよくしたものです。
そのような試行錯誤の連続も今は懐かしくもあり、前のHPにも愛着があります。
けれども、Blogも含め充分に役目を果たしたと思っています。

前のHPが余りに古くさいので、樽のお客様にまで作り直しましょうかといっていただいたこともありました。
そのお客様は漬物樽を買って下さった方だったり、ディスプレイ樽を注文して下さった方などで、いずれもデザイン関係の会社の方々でした。ありがたいことですね。

ITの世界のスピードには樽屋はなかなか追いつきませんが、今後も新しいHPを進化させていきたいと思っております。
今回はプロのWEBデザイナーS君に全面的に御願いしました。

2014年6月25日

平銑を正直台に挟んで酒だるの材料を削る

%E6%AD%A3%E7%9B%B4%EF%BC%91%EF%BC%90.jpg

今朝は早朝からFIFAワールドカップ日本対コロンビアなので、皆さん早起きでしょうね。

先日紹介した、正直台の原型です。銑を台に挟み込み使用します。
非常に危険な作業で、大概の職人が指を怪我してきました。
刃物が大きく外へ露出しているので当然です。
最近は「竹十」のように台かんなを組み込んだタイプを使う事が多くなりましたが、
この方が良く削る事が出来るという理由から,
今でも写真の正直台を使っている樽屋もあります。



2014年6月24日

酒樽屋のお八つ 其の參拾捌

DSC_5296.jpg


御菓子司 鍵善良房(かぎぜんよしふさ)さんの甘露竹。
竹の筒の中に水羊羹が入っている涼しげな御菓子です。
容器の竹なら幾らでも用意出来ますが、樽屋で羊羹を作る事は出来ません。
これまた、到来物であります。

 京都市東山区祇園北側264番地
 075−561−1818
 9:00〜6:00 月曜日定休











2014年6月23日

酒だる作りの最初の工程 側拵えその1 側削り

DSC_0637.jpg

どんな仕事も同じでしょうが、毎朝先ず刃物類を研ぐ事から作業ははじまります。
その後、内銑と外銑を使って樽丸の榑(くれ)を一枚一枚削って、
厚みや歪みを整えて行く非常に重要な工程なのです。
この作業を怠ると後で苦労することが多く出てくるので、単純な仕事ですが、
丁寧に、かつ手早く仕上げます。
大鋸屑(おがくず)で目の前が見えなくなる程削り続けなければなりません。

立てている竹のことを「立て棒」それを作業台に支えている台を「うま」と呼びます。

2014年6月22日

酒だる屋の虫養ひ 其の拾漆

%E6%9F%BF%E3%81%AE%E8%91%89.jpg

何度か紹介しておりますが、奈良県吉野地方の名産「柿の葉寿司」です。
新緑のこの季節、柿の葉が最も美しい時です。
味も一年で一番美味しい時期と言えます。
吉野の山奥から樽丸を運んで来る時、お土産に頂きました。
奈良の人でなくとも、これが好物だという方が少なくありません。

2014年6月21日

たる太鼓の修理

DSC_0176.JPG.JPG

たるや竹十に持ち込まれた、修理待ちの「たる太鼓」です。
皆さん、工夫して様々な応急処置を施されておりますが、
最終的には樽屋に持ち込まねば完全な修理は不可能です。
写真の樽(たる)は音が出なくなった蓋(ふた)の上にベニヤ板を貼っておられました。
子供達の名前が残っていたりしてかわいいものです。
採算が合わないのですが、小学校や幼稚園からくる樽太鼓の修理は積極的に引き受けております。
遠慮なく相談をどうぞ。
くれぐれも接着剤や金釘を使って自己流の修理もどきだけはしないで下さい。
早いうちに「たるや竹十」へ持ち込んで下されば何とかしてみますから御安心を。


全く意味がありません。
フタの木がささくれ立って来て危険な状態になったら、フタの取り替えです。
右の樽(たる)が修理完了品です。新品と区別が付かなくなります。



2014年6月20日

与謝蕪村における酒樽

%E8%95%AA%E6%9D%91.jpg
今日は朝からFIFAワールドカップの日本対ギリシャの放送があり、
「樽(たる)」どころではないでしょうが、
樽にまつわる話ひとつ。

蕪村の有名な書簡に下の様なものがあります。

又美酒一樽、御をくり被下、かたじけなく、
ちょこちょこ御めぐみ被下候様二と、
巳来たのしミ申事二御坐候。
樽此たび御返却いたし申候。
御受取可被下候。

紫狐庵こと伊丹の酒造家山本東瓦(本名,木綿屋庄左衛門)に宛てた消息。
本来、一方通行である樽を返すと言う事は大きな一斗樽等ではなく
小振りな「通い樽」であった可能性が高いようです。
すなわち、厳密には樽ではなく桶であった訳です。
ことほどさように当時は樽と桶の区別がやや曖昧だったと思われます。

滴りの一桶を待清水哉

フォルツァ ニッポン!!

2014年6月19日

昭和三年の酒だると一升瓶

DSC_5483.jpg

昭和3年、江戸明治の古くさい物を駆逐しつつ、
欧米のモダンな文化を積極的に導入しようと模索していた、
たいそう楽しくて不思議な時期であります。

雑誌『化學知識』四月特輯「人造品發展號」より

理研酒試作工場の風景であります。当時最新の設備の筈ですが、
��今、注目されている「理研」の前身かも)

容器は四斗甲付樽と陶器栓付き一升瓶。
まだまだ酒だるが主流だった時期です。
人造バター、人造香料、人造宝石などなど、今では当たり前の品々が特輯されております。
写真は現代、普通に流通している「人造清酒」製造の実験現場。
米を使わずに清酒を作る事を真剣に研究しております。
このあたりから清酒の中身がおかしくなり始めたのでしょう。

それらはともかく、見事な出来の酒だるです。




2014年6月18日

樽(たる)が「はしゃぐ」と𥶡(タガ)が外れる

DSC_5440.jpg

しっかり拵えた酒樽(たる)も風雨に晒され、直射日光を長い間浴びておりますと、
側が乾燥して痩せて来ます。
真っ青だった竹タガは飴色に変色していますけれど、決して緩んではいません。
��写真の樽は日差しが強過ぎたのか飴色ではなく、色が抜けて白っぽくなっています)
側面の杉板の榑(くれ)が縮んだだけです。
「タガが緩んだ」という謂いがありますが、そう簡単に𥶡(タガ)は弛むものではありません。
そして、こういう状態の樽(たる)を称して「はしゃいでいる」と言います。
側が一枚一枚勝手な方向に縮んで跳ね回って、まるで子供達が騒々しく遊ぶ様を
「はしゃぐ」と言うのです。

DSC_0828.jpg
最後には、こんな風にバラバラになってしまいます。
すなわち、どこにも木工用接着剤を使用していないという証拠です。